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2010年6月15日火曜日

平田あすか展


AIN SOPH DISPATCH  201041751
TEXT: 田中由紀子

  昨年の夏にデンマークのレミゼンでの滞在制作を経験した平田あすか。これまでのメキシコ、スペイン、ケニアでの滞在制作後の作品には、その土地の風景や歴史から着想した物語やモチーフが登場し、レジデンスの成果がうかがえたが、今回はいままでにない2つの変化が見てとれた。

  まず驚かされたのは、脱色したベルベットに刺しゅう、あるいは和紙に色鉛筆でドローイングという手法により一貫して制作してきた平田が、立体やペインティングに挑戦していた点だ。キャンバスにアクリル絵具と色鉛筆で描かれたペインティングについては、まだ模索中という感が否めなかったが、木や粘土によって立体化された見覚えのあるモチーフは、平面作品とは違った魅力を放っていた。たとえば、《魚の夢》の青い魚の口から顔を出している人物の姿は布や和紙の作品でもしばしば見られるが、木彫になったことで平面の時よりもぷっくりとしてはちきれんばかりであり、着ぐるみのように魚を着ている、もしくは寝袋のように魚の中に入っている感じが、より強く伝わってきた。

   もうひとつの変化は、人物の目にこれまでけっして描かれることがなかった瞳が描かれるようになったことだ。平田が描く人物の多くは、体つきがのっぺりとしていてメリハリがなく、性別も年齢もよくわからない。また瞳がないからか、どことなく冷たそうで、絵の中の人物と距離感を覚えないではいられなかった。その反面、モディリアーニが描く肖像画の多くがそうであるように、瞳が描かれず表情が乏しいからこそ、見る時や見る人の気持ちによってさまざまな表情を、彼女の作品からも読みとることができたのも事実だ。

   今回、人物の瞳が描かれるようになったことにより、平田の作品の特徴ともいえるニュートラルな印象がなくなってしまうのではと少々心配されたが、人物はどれも優しげなまなざしで、物語を饒舌に語りかけてくるようだった。それは見る側に作品の解釈を委ねてしまうばかりでなく、自らの制作意図をしっかりと伝えていこうとする平田の、作家としての自覚と自信の表れのように感じられた。

写真/平田あすか《魚の夢》
木、アクリル絵具