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2012年9月15日土曜日

河面理栄展 航海



文化フォーラム春日井・交流アトリウム
201273日~831
TEXT:田中由紀子

《ふね》2012
文化フォーラム春日井内の図書館やホールを利用する人々が行き交う巨大空間が、大海原に変貌した。というと、少々大袈裟に思われるかもしれないが、交流アトリウムの中央に設置された箱型の展示スペース、SHIFT CUBEで行われた河面理栄の作品を眺めるうちに、私の脳内に大海原が広がったのはたしかだ。

たとえば、金網の壁に掛けられていた5枚組の《ふね》には、それぞれに一艘のヨットが描かれており、見る者をこれから始まる航海へといざなう。それらはおもに型板ガラスを色鉛筆でフロッタージュしたものだが、ヨットの帆にすりだされた星や葉っぱの模様が、海上で見るであろう夜空や水面に浮かぶ漂流物を想起させた。

あるいは、本のページから作家が気に入った風景描写の文章を切り抜き、それらをお菓子の缶に入れた《情景の標本》は、切り取られたテキストの断片が、航海中に出会う風景を見る者の内側に立ち上げる。そして、それらがお菓子の缶に収められた様子から、お菓子の缶に拾った貝殻やリボンを入れて、大切にしていた子供のころが思い出された。私が乗り込んだ舟は、記憶の海をゆったりと進んでいくようだ。

《おだやかな航海》2012年
また反対側の壁の、4.5m四方の大画面に色鉛筆で描きだされた《おだやかな航海》は、まさに舟から見ている大海原であり、画面を超えて交流アトリウムの巨大な空間へと広がっていくように思えた。よく見ると、水面にはうちわやレースの敷物、本の表紙、路上のマンホールのふたなどがフロッタージュされている。それらはなにひとつ特別な物はなく、日常的に見慣れた物だ。だが私たちの生活、そして記憶の多くはそういった物との関わりからつくられている。作家が異なる時間と場所で写し取った模様で構成された海は、物にまつわる見る者の記憶を呼び覚ますだけにとどまらず、未来へとつながる新たな風景となって眼前に現れる。

少し時間をおいて、再び《おだやかな航海》の前に立った時、刻々と移り変わる外光を受けてか、見え方が変化していることに気がついた。水面が光を反射するように、描かれた海原がきらめくように見えたのは、私だけではないだろう。