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2010年3月15日月曜日

坂本夏子 BATH,R

白土舎 2010年3月13日~4月17日
TEXT:田中由紀子

 215×212cmの大画面に、8人の女性が配された浴室が描かれた《BATH,R》。見ているうちに目が回るような感覚を覚えないではいられないのは、絵の中の空間が複数のパースペクティブな奥行きの連鎖により成立しており、その結果、歪みが生じているからだ。濡れたタイルや流れる水に人物が映ってできる鏡像は、見る者をさらに幻惑させる。

 描かれているモチーフから、河原温の〈浴室〉シリーズを思い浮かべる人もいるだろうが、坂本夏子は現代人が抱える不安感や閉塞感を表現しようとしているのではない。自らが目指す絵画のために、浴室という誰にとっても身近な空間を借りているにすぎないと、私には思える。

 近年、写真や映像技術の発達により、現実の風景の再現はもちろん、存在しえない事象までも可視化できるようになってきたことに伴い、絵画の存在意義はますます問われている。こうした状況の中で、坂本は絵画にしかできないこととして、一枚でいくつもの空間と時間を見る者の身体の中に立ち上げようとしているように思えるのだ。張り巡らされたタイルが織り成すグリッドや、人物を映し出す水は、そのための手段として都合がいいのではないか。

 そう考えながら《BATH.R》を見ると、画中の奥行きは、タイルの三角形がつなげられてできており、大きさの違いや形のひずみが、空間にねじれや膨らみを生じさせている。さらに細部に目を向けると、タイルばかりでなく、人物の体や髪もうねるような筆致の集積から成り立っていることに気づく。これらの無数のうねりを目でたどるうちに、絵の中に誘い込まれ、我々の内側にも歪曲した時空間が立ち上がる。

 この作品には鏡像関係にある《BATH,L》という姉妹作があるのだが、そちらはVOCA展2010(上野の森美術館、~2010年3月30日)で奨励賞を受賞し買い上げられるため、同じ空間で見ることはかなわない。いつの日かこれらが合わせ鏡のように展示された時、絵画でしかなし得ない世界がそこに立ち上がることだろう。

写真:《BATH,R》
油彩・カンバス、215.0×212.0cm、2009~2010年